胸式呼吸は悪ではない
今回の記事は、「胸式呼吸は悪ではない」というタイトルなんですが、それはすなわち、「腹式呼吸が悪である」というわけではありません。
そもそも、なにをもって胸式呼吸とするのか、という定義が問題であって、胸式呼吸と腹式呼吸を対立させて、どちらが正しいのかを問うているのではありません。
ここで言う胸式呼吸とは、「胸郭の動きによる呼吸」ぐらいの意味です。
胸郭の動きには、肋椎関節や肋軟骨の可動性による肋骨や胸骨の動きを含みますし、横隔膜などの筋肉やその他の組織の動きも含みます。
そういう意味においては、胸式呼吸は腹式呼吸と対立するものではなく、共存可能なものと言えます。
腹式呼吸の定義は何なのか、という問題もありますが、仮に、一般的に捉えられている定義の「腹式呼吸とは、横隔膜を使った呼吸である」という意味だとしたら、そもそも横隔膜は胸郭を形成している一部なのですから、胸式呼吸と腹式呼吸は対立するものではなく、共存可能なものとなります。
では、なぜ一般的には、「胸式呼吸は悪であり、腹式呼吸は善である」という考えが優勢になっているのでしょうか。
それは、この場合の胸式呼吸という語が指すものが、先ほどの定義の「胸郭の動きによる呼吸」とは違うものだからだと思います。
この場合の胸式呼吸は、その語を使っている当人の意図するものかどうかとは無関係に、実際のところは「腰椎の屈曲伸展運動による呼吸」のことを指しているために、胸式呼吸と腹式呼吸が対立させられているというわけです。
ひとまず、以下のようにまとめます。
(1)胸式呼吸を「胸郭の動きによる呼吸」と捉える場合、胸式呼吸と腹式呼吸は対立しない。
(2)胸式呼吸を「腰椎の屈曲伸展運動による呼吸」と捉える場合、胸式呼吸と腹式呼吸は対立する。
では、「腰椎の屈曲伸展運動による呼吸」とはどのようなものかをもう少し詳しく説明いたします。
まず、(1)の「胸郭の動きによる呼吸」と(2)の「腰椎の屈曲伸展運動による呼吸」の共通点から考えていきます。
その共通点とは、胸骨(喉の下の鎖骨の合わさったところから、みぞおちまでにあるネクタイ状の骨)の上下動が外見上みとめられることです。
肋骨の動きが悪いために胸郭の動きが限定的であっても、腰椎の動き(腰を反らしたり、曲げたり)をすれば、見た目のうえでは、胸骨が上下に動いているように見えます(図1、図2)。
↓図1 腰椎の屈曲時に息を吐く
↓ 図2 腰椎の伸展時に息を吸う
腰椎の屈曲伸展運動を行うことで腹圧が変化し、横隔膜を介して肺への圧力が変化し、そのことで呼吸が実現します。
ただ、この呼吸法では、腰椎や背中の筋肉への負担が大きいので、腰痛の原因になりかねません。
また、身体の外側についている大きな筋肉を使うことになるので、エネルギーも無駄に消耗してしまいます。
この腰椎の「屈曲伸展運動による呼吸」を胸式呼吸と呼ぶのであれば、やはりそれは悪であると言うべきです。
横隔膜自体の収縮力を鍛えることで、腹式呼吸をした方が、ずっと身体への負担が減ります。
ここで、はっきりとしてくるのが、『(2)胸式呼吸を「腰椎の屈曲伸展運動による呼吸」と捉える場合、胸式呼吸と腹式呼吸は対立する』という事を考えたときに、本質的に対立しているのは、胸式なのか腹式なのか、という部位の違いによるのではなく、外側の筋肉(腰椎を動かす脊柱起立筋群など)を使うのか、内側の筋肉(横隔膜など)を使うのか、という使用する筋肉の深さの度合によるということです。
外側の筋肉による呼吸は悪であり、内側の筋肉による呼吸は善である。
それが、一般的に流布している「胸式呼吸は悪であり、腹式呼吸は善である」という考え方の本質なのだと思います。
胸式呼吸が「胸郭の動きによる呼吸」を意味するのであれば、それは横隔膜による呼吸を補うものであり、積極的に意識して行うべきものだと考えます。
横隔膜だけに負担がかかり、疲労がたまって十分な呼吸ができなくなってしまったときに、胸郭が十分に動く状態になかったなら、図1、図2のような腰椎の屈曲伸展運動に、その呼吸を頼らざるを得なくなります。
つまり、それは言い換えると、胸郭の可動性の低さは、腰椎の屈曲伸展運動を引き起こすことになり、最終的には腰痛の原因になり得ると言うことです。
胸郭まわりの筋肉を柔らかくして、胸郭の可動性を高く保ち、積極的に胸式呼吸を行うことは、腰痛予防や肩こり予防(以前の記事で書いた通り、胸郭まわりの筋肉が固くなることこそが肩こりの原因と考えられます)に役立つものであって、決して悪いものとして排除すべきではないというのが、今回の結論となります。